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白鳥の湖

Venueローマ歌劇場
Calendar木 17 12月 2026 - 木 31 12月 2026
あらすじ / 詳細

あらすじ

 

第1幕・第1場

ドイツのとある王宮の前庭。王子ジークフリートの成人を祝う宴が開かれており、王子の友人たちが祝福の踊りを踊っている。そこに王子の母親が現れ、明日行われる舞踏会で花嫁を選ぶよう命じる。まだ結婚したくない王子は憂鬱な気分になる。やがて日が暮れると、白鳥の群れが空を飛んでいくのが見え、王子は白鳥狩りをしようと湖へ向かう。

 

第1幕・第2場

静かな湖のほとり。弓を構えている王子の目の前で、1羽の白鳥が岸辺に上がり、美しい娘に変身する。王子の姿に気づいた娘は驚き、怯えるが、やがて身の上話を始める。娘の名はオデットといい、とある国の王女だったが、侍女たちと共に悪魔ロットバルトから呪いをかけられてしまった。そのために昼は白鳥の姿となり、夜だけ人間の姿に戻るのである。この呪いを解くただ一つの方法は、まだ誰にも愛を誓ったことのない男が、オデットに愛を捧げることである。2人は惹かれ合い、王子は自分が愛を誓おうと申し出るが、夜明けとともにオデットたちは白鳥の姿に戻り、飛び去って行く。

 

第2幕

王宮の舞踏会場。ジークフリートの花嫁候補が様々な国から訪れるが、王子は彼女たちには目もくれず、オデットのことを思い続けている。そこへ、客人に変装した悪魔ロットバルトとその娘オディールが現れる。オディールは悪魔の魔法によって、オデットと瓜二つの姿になっている。オディールをオデットと思い込んだ王子は、その場で結婚の誓いを立ててしまう。その途端、ロットバルトたちは正体を現し、広間の窓に映る悲しげなオデットの姿を示しながら、王子をあざ笑って去っていく。王子は自分の過ちを悔い、急いでオデットのもとへ向かう。

 

第3幕

再び湖のほとり。侍女たちのもとへ戻ったオデットは、王子の誓いが破られたことを告げる。後を追ってきた王子はオデットに赦しを請う。オデットは王子を赦し、2人は湖に身を投げる。2人の愛の力を前にした悪魔は滅び、恋人たちの魂は永遠に結ばれる。

キャスト

ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー 作曲

プロローグと4幕からなるバレエ

演出: Ido Arad

 

振付: Benjamin Pech

振付助手: Gillian Whittingham

舞台美術・衣装: Aldo Buti

照明: Vinicio Cheli

ゲスト・アーティスト

Paul Marque:17日、19日(20:30)、22日

Fumi Kaneko:24日、27日、29日、31日

Vadim Muntagirov:24日、27日、29日、31日

ローマ歌劇場管弦楽団、エトワール、プリンシパル・ダンサー、ソリスト、バレエ団

制作: ローマ歌劇場

会場
ローマ歌劇場

ローマ歌劇場(Teatro dell'Opera di Roma)は、イタリア・ローマにある歌劇場。1880年11月に開場したコスタンツィ劇場がその前身である。数度にわたる名称の変遷、改修工事を経て、現在は総席数約1,600の歌劇場である。ローマ・オペラ座とも訳される。

 

歴史

ローマ歌劇場の前身である「コンスタンツィ劇場」の名前はこの劇場を建てた施主、ドミニコ・コンスタンツィに由来します。彼は私財をもってこの劇場を計画し、設計をミラノの劇場建築家アキーレ・スフォンドリーニに委嘱しました。かつてはローマ皇帝ヘリオがバルスの邸宅があった用地に新劇場は18ヶ月で完成し、1880年11月27日、ロッシーニ「セミラーミデ」の上演で開場しました。

ドメニコ・コンスタンツィはこの歌劇場を自ら運営し、経済的困難はあったものの、数多くの世界初演を行うことができました。その代表が、1890年、マスカーニ「カヴァレリア・ルスティカーナ」の大成功でした。ドメニコの死後、その息子エンリコ・コンスタンツィが運営を引き継ぎ、1900年1月14日、プッチーニ「トスカ」の初演を挙行しました。

1907年にコンスタンツィ劇場は支配人ヴァルター・モッキ率いるSTINに買収され、1912年から1925年まではモッキの妻であるソプラノ歌手、エンマ・カレッリを支配人として興行が行われました。

その後、1926年11月にコンスタンツィ劇場はローマ市庁によって買収され、王室歌劇場と改称されました。建築家マルチェッロ・ピアチェインティーニの設計による部分改築が行われ、15ヶ月の休場の後、1928年2月27日、ボーイトの「ネローネ」によって再開場しました。

首都ローマの豪壮な都市計画を進行していたムッソリーニのファシスト政権はこの王室歌劇場も精力的に梃入れしました。大恐慌の影響でニューヨーク・メトロポリタン歌劇場を離れイタリアに帰国した名歌手を集結させ、名指揮者トゥリオ・セラフィンを音楽監督に戴いて、同劇場はミラノ・スカラ座に比肩し得る黄金時代を築きました。

1937年からはローマ市内にある古代ローマ時代の公衆浴場遺跡、カラカラ浴場での野外公演も夏季シーズンに開催されるようになりました。

第二次世界大戦後、王制から共和政への政体変化に伴い、歌劇場はローマ歌劇場と再改称された。1958年にはローマ市庁によって更なる改修・近代化が行われました。

現在の総席数は約1,600。

 

 

ローマ歌劇場へのアクセス

 

住所:Piazza Beniamino Gigli, 7 

 

地下鉄 Linea A  停車駅:REPUBBLICA TEATRO DELL'OPERA

 

バス
Via Nazionale - H, 40, 60, 64, 70, 71, 170, 116T 
Via Depretis - 70, 71 
Via Cavour - 16, 75, 84, 150 (festivo), 360, 590, 649, 714 
Stazione Termini - 16, 38, 75, 86, 90, 217, 310, 360, 649, 714 

 

TAXI 
電話番号:- 06,3570

 

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